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大分地方裁判所 平成3年(ワ)685号 判決

原告

須川穂津美

右訴訟代理人弁護士

西田収

被告

株式会社豊和銀行

右代表者取締役

大島信三

右訴訟代理人弁護士

小林達也

主文

一  被告は、原告に対し、金三〇〇万円及びこれに対する昭和六三年六月四日から支払済みまで年3.64パーセントの割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り仮に執行することができる。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二  当事者の主張

一  請求原因

1  訴外梅田陽子(以下、「陽子」という。)は、昭和六三年六月四日、被告に対し、次のとおり二口の定期預金をした(以下、「本件定期預金」という。)。

(一) 預入日 昭和六三年六月四日

満期日 平成三年六月四日

金額 金一〇〇万円

利息 年3.64パーセント

(二) 預入日 昭和六三年六月四日

満期日 平成三年六月四日

金額 金二〇〇万円

利息 年3.64パーセント

2  原告は、訴外陽子の子であり、訴外陽子は平成三年八月一七日に死亡した。

3  よって、原告は、被告に対し、本件定期預金二口の合計金額三〇〇万円及びこれに対する預入日である昭和六三年六月四日から支払済みまで約定の年3.64パーセントの割合による利息の支払を求める。

二  請求原因に対する認否

請求原因1は認め、同2は知らない。

三  抗弁

1  相殺

(一) 被告は、平成三年二月二八日、訴外陽子に対し、本件定期預金二口を担保に次のとおり手形貸付けを行った。

金額 三〇〇万円

満期日 平成三年四月一日

利息 年3.89パーセント

(二) 被告は、平成三年四月三〇日、訴外陽子に対し、右債権と本件定期預金二口の債権とを対当額において相殺する旨意思表示した。

2  民法四七八条の類推適用

仮に右借入れを行ったのが訴外陽子でなかったとしても、被告は、訴外陽子が借入れをなすものと信じ、そう信じることについて過失が無かったから、前記相殺をもって訴外陽子に対抗することができる。

すなわち、被告は、訴外陽子と名乗る人物から、平成三年二月二八日、定期預金を担保にした融資の申入れを受け、被告の融資担当行員(以下、「担当行員」という。)は、右人物が訴外陽子名義の預金証書の他、実印や印鑑登録証明書を持参していたことから、訴外陽子本人と信用したものの、右人物の提出した定期預金証書の受取欄に押捺された訴外陽子の実印の印影と届出印を照合したところ、これが異なっていたため届出印を持参するように促し、同日、再度来店した同人が持参した印鑑(以下、「本件印鑑」という。)の印影と届出印の印影を照合し、両者を同一のものと認めて貸付けを行ったものである。

四  抗弁に対する認否及び原告の主張

1  抗弁1(一)は否認する。同(二)は認める。

2  抗弁2につき、担当行員において、届出印の印影と実印の印影とを照合し、印影が異なっていたため、届出印を持参するように促し、再度来店した際にも本件印鑑の印影と届出印の印影を照合して、両者を同一のものと考えたことは認める。

しかし、本件印鑑は、訴外徳山議一(以下、「徳山」という。)によって偽造されたものであり、両者の印影には、業務上相当の注意をもって照合を行えば判明する明らかな相違があるし、定期預金を担保にした貸付けの場合には、期限前払戻に準ずるものであるから、被告にはより高度の注意義務がある。

また、担当行員は、一度は実印と届出印の各印影が異なることを指摘しているのであるから、照合はより憤重に行うべきであるし、その際、届出印の印影の写しを渡しており、本件印鑑は、右写しを参考に偽造されたものであることを考えると、被告には過失がある。

第三  証拠〈省略〉

理由

一請求原因について

請求原因1の事実は、当事者間に争いがなく、同2の事実については成立に争いのない甲第四〇号証の一ないし七により認めることができる。

二抗弁1(相殺)について

被告は、平成三年四月三〇日、訴外陽子に対し、本件定期預金債権と対当額において相殺する旨意思表示したことについては当事者間に争いはないが、被告が、同年二月二八日、訴外陽子に対し、本件二口の定期預金を担保に満期日同年四月一日、利息年3.89パーセントの約定で三〇〇万円の手形貸付けを行ったと主張する点については、これを認めるに足りる証拠はない。

三抗弁2(民法四七八条の類推適用)について

そこで、右相殺が民法四七八条の類推適用により真実の預金者に対抗し得るかどうかについて判断する。

成立に争いのない甲第八ないし第三四号証、弁論の全趣旨により真正に成立したものと認められる甲第三八号証及び証人首藤則行、同徳山議一、同後藤省吾の各証言によれば、次の事実を認めることができる。

1  訴外後藤省吾(以下、「後藤」という。)は、知人である訴外陽子が入院中、同人方から同人名義の定期預金証書、実印、印鑑登録手帳等を盗み出し、訴外桑原ヤス子(以下、「桑原」という。)とともに、平成三年二月二八日、被告古国府支店に赴き、訴外桑原を訴外陽子の身代わりにして同支店担当行員に対し、右定期預金証書を示し本件定期預金二口を担保に三〇〇万円の借入を申し込んだ。

2  その際、訴外桑原は、右定期預金証書の受取欄に訴外陽子の実印を押捺したが、右印鑑の印影が届出印のそれとは異なることを指摘され、訴外陽子名義の印鑑登録証明書を示して、なおも借入を要求したが拒絶されたため、担当行員から届出印の印影の写しをもらい、一旦引き返した。

3  その後、訴外後藤は、印鑑の製作、販売をしている訴外徳山方に赴き、右届出印の写しを渡して同じ印鑑を作るよう依頼し、同日完成した本件印鑑を持って再び訴外桑原とともに被告古国府支店に赴き貸付けを求め、本件印鑑の印影と定期預金印鑑票の届出印の印影を通常どおり照合して、同一のものと認めた担当行員は、訴外桑原を訴外陽子本人と考えて三〇〇万円の手形貸付けを実行した。

4  訴外後藤から依頼を受けた訴外徳山は、本件印鑑を作るにあたっては、同じ印影となるように注意したが、本件印鑑の印影と届出印の印影とでは、「梅田」の「」の部分などに、朱肉の多寡や押捺の仕方、紙質の違い等によっては説明のできない差異が認められる(なお、乙第一号証の一、第二号証の一の各「お届出印鑑」欄の「梅田」の印影が届出印の印影であることには争いがなく、乙第三、第四号証の各「梅田」の印影が本件印鑑による印影と認めることができる。)。

金融機関が、定期預金債権に担保の設定をし、右債権を受働債権として相殺する予定のもとに、新たに貸付けをなし、これによって生じた債権を自働債権として相殺が行われるに至った場合には、実質的には、定期預金の期限前払戻しと同視することができるから、金融機関は右貸付けをなした者が真実の預金者と異なるとしても、その貸付けの当時、金融機関として尽くすべき相当な注意を用いた限り、民法四七八条の類推により、右貸金債権と、定期預金債務との相殺をもって真実の預金者に対抗しうると解されるところ、本件においては、訴外陽子と担当行員とは面識もなく、また本件印鑑の印影は、届出印のそれと外観上酷似しており、習熟した担当行員が通常行っているのと同程度の照合をしたにもかかわらず、その違いに気がつかなかった点に鑑みれば、金融機関として果たすべき相当の注意義務を用いたものとも解されないでもない。

しかしながら、他方で、本件印鑑は前記のとおり偽造されたもので、朱肉の多寡、押捺の仕方、紙質の違い等によって生じたとは理解し得ない相違が認められる上、本件印鑑は、担当行員において、訴外後藤らに交付した届出印の印影の写しを参考にして作られたと認められるところである。

このような写しを参考にすれば、印影が酷似することはむしろ当然なのであるから、実印等を持参しているとはいえ面識もない者に届出印の写しを交付することは相当とは考えられないし、交付した場合には、右の点に鑑み、より慎重に照合をなすべきと解されるところ、本件印鑑と届出印の各印影は酷似しているとはいえ、その相違点は肉眼で発見し得る程度のものなのであって、これらのことを考慮すると、本件においては担当行員に、真の預金者であるかどうかの確認において過失があったと認めざるを得ず、ひいては被告に過失があったと解すべきであり、抗弁についてはいずれも理由がない。

四結論

以上の事実によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官森冨義明)

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